川原一之「アジアに共に歩む人がいる」

  • 岩波ジュニア新書

 本書は、川原さんと、川原さんが設立に携わったアジアの砒素汚染解決にむけたNGOの活動を中心に書かれています。

 本書の著者、川原さんは、様々な要因が重なって公になっていなかった、そして、公になってからも行政との確執がながくつづいた土呂久の亜ヒ素中毒の公害を取材したことがきっかけで、ここで人々が経験したことをアジアに伝えたいと考えました。東京大学工学部の都市工学科宇井純先生からの助言で、電気のないアジアの村を訪ねるときのために、土呂久を紙芝居にすることなどから、活動ははじまりました。このような土呂久の経験からの啓蒙活動が縁で、タイのロンピブン村で、紙芝居を上演しました。その際、現地NGOと協力しおこなった現地報告は、タイ政府に影響力のあるものとなりました。その後、著者は、土呂久の経験をアジアに伝えるため、アジアのヒ素汚染地をネットワークでつなぐことの必要性を感じ、アジア砒素ネットワーク(Asia Arsenic Network = AAN)の設立に携わりました。

 アジア砒素ネットワークのメンバーは、インドで、ヒ素汚染問題をテーマにした国際会議に出席するなどし、その過程で、インドの隣国、バングラディシュでの汚染状態について知り、調査活動をおこなうことになりました。フィールドキットをつかった迅速な調査など、バングラディシュの砒素汚染にかかわる活動が世界的に評価され、アジア砒素ネットワークは、国際的なコーディネータ役を務める市民グループ、NGOとなりました。一方、日本国内での資金的、人的な規模も拡大していきました。これは、アジア砒素ネットワークは、活動のほかに職をもっている人が多く、個々のメンバーの自発的な活動にまかされていたからです。

 規模が拡大していったアジア砒素ネットワークは、貧困と汚染の関係の調査、代替水源の提供、政府との協力など砒素汚染の解決にむけ様々なアプローチをとる一方、モンゴルや中国など、アジアの各地にフィールドを広げていきました。川原さん達が設立したNGO、アジア砒素ネットワークの活動をまとめるとこのようなものです。

では、アジア砒素ネットワークの活動が切り開いた可能性があるとしたら一体どのようなものでしょうか。

 これまで私は、NGOというのは、政府が対応しない地域ごとの細かいニーズに対応する団体であって、人類をひとつの生き物と考えるならば、末端の神経のようなものだというイメージを抱いていました。しかし、「土呂久の灯を消さず、アジアに伝えていこう」という願いを実現しようとしているアジア砒素ネットワークの活動をこの本を通じて知り、ものごと・・・たとえば、土呂久での経験・・・をNGOとして記憶し、未来に伝えていく、そして、記憶した記憶を世界中にいきわたらせる・・・、そんな、中枢神経、脳髄、脊髄のような役割を担っているということもわかりました。

そして、本書の106ページに、「アジア砒素ネットワークがやったのは、門戸を開いて幅広く参加を呼びかけ、専門チーム間の活動を調整し、全体をまとめあげることだった。コーディネーターに徹することで、思いにおかけない、大きなプロジェクト展開ができた」とあるように、中枢神経を担うことによって、新たに、「中枢神経を担った記憶」という未来へ、そして世界へ、とくにNGO後進国日本へ伝えるべき記憶が生まれていることに気づき、これこそが、課題にある「アジア砒素ネットワークが切りひらいた、NGOの可能性」なのだと感じました。

アジアに共に歩む人がいる―ヒ素汚染にいどむ (岩波ジュニア新書 (521))

アジアに共に歩む人がいる―ヒ素汚染にいどむ (岩波ジュニア新書 (521))