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科学と宗教の現状と未来


最近、仏教について調べる機会があって、宗教全体についてうすらぼんやりと考えてみたりしたのでまとめてみます。2回構成になる予定。

今って、結構宗教が「キモチワルイ」とか、「そんなの信じない」とか、いわれがちじゃないですか?こんなエントリー書いているけど、僕もその一人。しかし、敵(?)を倒すには、まず敵(?)を知ることからってことで、気持ち悪いと思っちゃう仕組みってどんなところにあるんだろうとまず考えた。

考えた結果、僕が違和感を感じるのは次の2点。

まずひとつめ。科学で証明されていたり実践されていたりすることを信じないで、自分たちの理論にこだわってる点。「医療を受けさせないで死体遺棄ー」とかの事件ってよくあるじゃない。そういうのってすごい違和感を感じる。

そしてふたつめ。科学でしばらくわかりそうもないところばかりを強調する点。霊魂だとか死後の世界があるかないかだとかね。


 今では世界の仕組みとかを解明する役割をすっかり科学奪われてしまった宗教ですが、昔はこれでも、学問だったのよね。世界の仕組みだとか、生死だとかそういうわからない、納得できない系のものをどうにか解き明かそうっていうモチベーションをもった人は宗教をやっていた。

 だけど、科学が進歩して、学校でみんな科学の基礎を教わるようになったね。納得できるところを満場一致で「納得できまーす」っていいながら一歩一歩進んでく科学の手法は、えらい人や昔の人が考えたことを「これって納得できるよね?てか、納得しなさい」っていいながら進んでいく宗教的な手法よりも、より多くの人を納得させてきた。

 たとえばね、なんで貧富の差が生まれるのかって疑問があったとき、今では、宗教ではなくて、経済学という社会科学的な技法を使うとみんな納得しやすいね。きっと。そういうこと。

 今では、真実を解き明かそうとするモチベーションを持った人はたいてい、科学をやっている。いいと思う。僕も科学で説明してくれたほうがすごい納得できるし。

 でもね、宗教的手法ってもう役に立たないのかなっても思う。たくさんの人が四苦八苦しながら真実を解明し、みんなに説明しようとしてきた中で磨かれた技術や手法は、もう役に立たないことばっかりなのかなーって。

 
では、次回。「もし今、宗教が役に立つとしたら」に続く。

宗教が今後も役に立つとしたら。 - anybody’s game

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