理想のライフ・ワーク・バランスの幻想

 ライフ・ワーク・バランスが重要だっていう世論がある。仕事と私生活その二つが調和してこそいい生活だよっていう。

 確かにそうだと思う。僕も、仕事と私生活はお互いにすごい影響しあっていて、私生活がダメだと仕事もノらなかったり、仕事がダメだと私生活もダメだったり。逆に、私生活がよいと仕事もよいし、仕事がよければ私生活もなんとなく楽しいな。

 でもね、このバランスをとることに必要以上に固執する必要はあるでしょうか。僕は二つの軸を回るほど器用じゃないのです。

 バランスっていうからね、必ずしも、1:1にしなくていいのでしょう?1:1とはいかないまでも、1:1を理想とした世論が多いと思う。理想のライフ・ワーク・バランス像とでもいえるものがあるよといい、それを押し付けるような世論が多いと思う。

 だけど、僕はそういう世論のライフ・ワーク・バランスはからだに合いそうもない。大切にするのはどっちかで、片方は添える程度にっていうのが僕の理想のライフ・ワーク・バランス。仕事を続けるならば家庭はなおざりにしてしまいたいし、家庭を大切にするなら仕事はすっごく少なくしたい。

 生活が不安定なフリーターが増えたり、仕事をすぐやめてしまう若者が増えている原因に、理想だと思い描くライフ・ワーク・バランスと、体が求めるライフ・ワーク・バランスとが合っていないということもあると思う。

 僕らだって、僕らのお父さんがやってきたように、がむしゃらに働けるんだよ?常にじゃないけど、がむしゃらに働きたいときだってあるんだよ。まだまだ家庭を守る役割にたってない人だっているんだよ。守りたいほどの家庭がない人だっているんだよ。地域に愛着なんて、あんまりないよ。

 いいんだよ、私生活が充実していなくたって。いいんだよ、仕事に充実感感じられなくたって。

 仕事と生活がうまい具合に相乗効果を生み出す人もいれば、僕みたいに、できれば一つに集中したい人もいる。すべての人にとって、ライフとワークのバランスが似たようなものになるとは限らない。むしろ、せっかく仕事に集中できる人なのに、周りからライフ・ワーク・バランスだなんだっていわれて、私生活のなおざり加減にうんざりしてしまって、つらい人もいると思う。

 ライフ・ワーク・バランスをもっと意識した方がいい人もいれば、ライフ・ワーク・バランスをとらなければいけないという脅迫観念から抜け出さなければいけない人もいると思う。ライフワークバランスが、誰かの理想のライフワークバランスを押し付けるような言葉である限り。


 自然体にね、楽しいようにね、自分が一番よいバランスに、誰もが自然と落ち着くことができる社会がいいな。