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『時間の歩き方』榎本ナリコ ~ 共感できる理想的な人物をさらっと描く

時間の歩き方 I (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)

時間の歩き方 I (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)

扉を開けると勝手にタイムスリップしてしまう変な癖を持つ果子は学校の先輩に恋するフツーの中学生。 ある日突然、その先輩を事故で亡くしてしまった果子は西暦2446年からやってきた時間旅行者の遇太の力を借りて、先輩を救おうと試みるが・・・・・・・・!?

 この作品はSFと銘打ってありますが、この作品面白いのはSFによくある

  1. タイムトラベルの仕組みでも、
  2. タイムパラドクスの解釈でも、
  3. 科学が進歩した未来の描写でも、
  4. 現実にはありえない自然現象に対峙したときの人間の描写

でもありません。

 この作品の面白さの真髄を一言で言い表すなら理想的な人物への共感。良質な小説を読んでいるような面白さです。

 僕がこの本の主人公のような状況になったらどう感じるかをそれを自分に問いかけてみたんですよね。

 身近な人の死に直面したり、自分の存在が危うくなったりしたら・・・、絶望感・・・、鬱・・・、自己嫌悪・・・、体の穴という穴が塞がれた感覚。普通ならこんな感覚になりそうなところです。しかし、序盤のしつこいくらいの「いたって普通」感でかなり隠されていますが、この本の主人公である杉田果子は、そんなひどい状況におかれても、

  • 自分を失わない。
  • 行動できることをひとつづつやる。
  • 人のために尽くす。
  • 楽しむことも忘れない。

 まさに理想の人間像です。すごい達観していますよ。自分の生きていた時代への執着心のなさ、慈悲の心、自己犠牲の精神。

 こんな人物は、うらやましくもあり、鼻につき、普通なら共感などできるはずも無い・・・。

 ここがストーリーテラーの腕のみせどころ。

 理想的な人物への共感を通して、人はその理想的な人物像に一歩近づいたり、満足感を得たりすることができます。人々の支持を得るストーリーテリングのセオリーの中のひとつだと僕は考えています。

 しかし、理想的人物に共感できるようにストーリーを仕上げるのは至難の技。いろいろな人が理想的な人物像と、読者をその人物に共感させる方法を考えてきました。

 たとえば、共感できるようにするために、理想的な中にも欠点を用意したり、苦難を味あわせてみたり、理想的人物の方を落としたり・・・。最初に理想的人物があって、その理想さが僕たちのレベルまで降りてくるといったイメージでしょうか。そういう手法がとても多く、「またか」と思ってしまったりする。

 一方、「時間の歩き方」では、「普通の人」が「理想的な人」的な考え方、行動ができる理由付けに工夫がある。「時間移動ができる」能力があるからこそできるあの達観として描くことによって、読者も「その能力を持っていればそういう行動をするのかなぁ」と考える余地があり、主人公に対する共感にいざなってくれるのです。

普通の人+特殊能力→理想的な考え方・行動

 つまり、もとの主人公は「普通の人」ですから、主人公の達観したものの見方・考え方に共感しやすくなっている。本来的に主人公がタイムトラベルの能力をもっていること、現状の分析を他者がしてくれること。この2点によって、達観した考え方・行動を極めて自然に、共感できるよう仕上げられています。(こういった構造をもったほかの作品は、たとえば、宮部みゆきの「クロスファイアー」などがあるかなぁ。)

 もちろん単純に物語のなりゆきも面白いし、SF的な面白さもある。そこらへんが好きな人も十分に楽しめる作品です。ですが、面白さはそこにとどまりません。ありふれたモチーフとありふれた画風で表現されたこの作品を面白くしたらめているのは達観して理想的な主人公へ共感できることの高揚感です。

 1読目は自然にストーリーに入り込んでください。そして、2読目でこの達観具合を確認して、1読目の自然に共感していた自分に驚いてください。3読目以降で、主人公の達観した考え方をぜひぜひ生活に取り入れようと注意深くその境地を探ってください。そういう読み方ができる作品です。

 長期連載に慣れていないとはいえ、作者のこれまでの作風からしてこの面白さが最後まで続くのは可能性は極めて高く、榎本さんが満足できるところまで連載できるよう応援するとともに、ぜひ沢山の人に読んでもらいたいなぁと思います。

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最後に

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  • 2010-02-11 初版公開
  • 2018-05-05 追補 (最後に)