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宗教が今後も役に立つとしたら。

前回のあらすじ

宗教って科学にとって代わられたけど、今では役に立たないことばかりなのかなぁ。たくさんの人が一生懸命考えてきた理屈や技術なんだから役にたつ場面もあるのではないかなぁ。

科学と宗教の現状と未来 - anybody’s game
続き物です。前回のもあわせてどうぞ。

宗教が今後も役に立つとしたら

 キモチワルイとかムダダとかいわれてちょっと可愛そうな宗教の人たちがやってきたこと・やっていることを、今の社会で「役にたつよね」って思われるようになるためには僕は、4つの方法があると思う。

  1. 0.プレゼン手法として
  2. 1.科学の最先端で
  3. 2.科学と庶民の納得の橋渡し役として
  4. 3.科学ではしばらく分かりそうもない点をどうにか納得するために。

0.プレゼン手法として

 宗教の人たちがやってきたことで、今も役に立つなぁと思うことのひとつめは、プレゼン手法。彼らは、「どうやったらたくさんの人にこの教えを伝えられるか」ということを、昔からとても考えてきた人たちだと思う。

 鎌倉仏教の「お経をとりあえず読んでおけばいいよ」とか、「座禅していればいいよ」とか、「踊っておけばいいよ」とか、なんて、プレゼンのコツとしてよく言われる「KISSの原則」そのまんま。「悟り」という難しい考え方をどれだけシンプルに本質から伝えられるかと考えて考えた結果の鎌倉仏教だと思う。宗教の人たちがやってきたことを学べば、どうやって人の心に響く説明ができるかってことが良く知れると思うんだ。

 人にどうやって考えを伝えるか?という現代でもとっても重要なテーマについて考えるとき、宗教が磨いてきた技術はとっても役にたつと思う。リズムにのせるとか、視覚・聴覚から訴えるとか、抽象化するとか、具体化するとか、引用するとかね。

1.科学の最先端で。

 ふたつめは、宗教の仮説製造機能って、結構役にたつんじゃないかってこと。

科学だと無難なところでやりがちなトライアンドエラーのトライを、宗教だと結構まぁ十中八九間違いだけど、そんなこともありえるかなっていうとっぴょうしもないところに仮説を立てられるね。コペルニクスだって、太陽信仰をもとに地動説の仮説をたてて、数学的に計算してみたら、天動説よりもスッキリじゃんっていう流れで、地動説を声高に主張したんだったけ。

証明できそうなことはあらかた証明できちゃって、仮説と検証の作業もなんか無難なところばっかりで飽きちゃいそう。さらに、証明できなさそうなところは大体あきらめられてしまって・・・ってなって、科学が停滞しちゃったとき、役にたつのは、宗教の突拍子もなさじゃないかって思うんだ。

2.科学と庶民の納得の橋渡し役として

 もうひとつ。これは、今の宗教家の人たちにがんばってもらいたいんだけど、科学が複雑になりすぎちゃって、たいていの人には理解不能になっちゃったとき、(もうすでになっているかな)その科学を説明するためのストーリーを作り出すものとして役に立つというのもありえると思う。

 科学を正しく理解するためには、膨大な基礎知識と時間と根気が必要だ、でもとりあえず科学の成果を世の中の人に広めて、納得してもらって、悩みを減らしてあげたいなってとき、昔ながらの宗教的な技法がとても役立つと思う。

茂木さんがクイズ番組とかでよくやる「アハ体験」なんかは、まさにそんな感じに僕は見ています。「宗教的な体験とお話で人々に納得してもらう」っていう宗教の技法をうまい具合に利用して、自分の研究結果を人々に説明しているなぁって思う。つまり、いい換えると、宗教の人たちの技術を用いれば、科学の最先端を理解できないような一般の人たち(僕も含め)がいろんな科学的世界を納得するための御伽話を話すことができるのではないかなぁと思うんだ。

3.科学ではしばらく分かりそうもない点をどうにか納得するために

最後に、科学ではしばらく分かりそうもない点をとりあえず納得するために。

 宗教を少しかじってみたり、宗教に対するみんなの見方とかを思い出してみたりして、残念だなーって思ったことがあるの。それは、宗教で良く扱われる「死後の世界」だとか「生死」とか、一見どうも納得できないことをどうにか納得しようっていう意欲が、社会的になくなってしまったこと。

 霊魂だとか、死後の世界とか、あるかないかとか、科学が証明するまでにはまだまだ時間がかかりそうですね。科学の勢いからして、僕が死を本気で考えるようになる年齢になるくらいには、まだまだぜんぜん、そういうことって解明されないと思う。だけど、僕らはこういうことに興味をもっていて、知りたいなーって思う。知りたいなーって思って考えて時間をかける。

 そういう納得できそうもないところもどうにか無理してでも納得できたら、そういうことを考える時間が浮いて、ほかにいろいろできるよね。人生への満足度もあがるよね。

 だから、そういう科学で説明してくれるのを待ってらんないよーって時の宗教の役割とかは、今のままでもいいから、もう少し再認識されてもいいと思う。

 いや、パワースポットブーム(笑)とか、○木○子先生の大活躍とか、大不況とか、価値観の多様化とかそういうのを見ていると、近い将来、きっと宗教の復興ってあるんだろうなって思う。

 そのときには、宗教家の皆さんには、キモチワルイとかいわれないよう科学にどっぷりつかったみんながどういう宗教を求めているかしっかり分析して、納得できないことばっかりのこの世界について、僕らをしっかり納得させてほしいなと思います。

おわり。